【事例付き】介護職の腰痛予防完全ガイド ノーリフティングケアと福祉用具の選び方
介護現場で最も多い労働災害のひとつが「腰痛」です。厚生労働省の統計では、介護施設等での労働災害はこの10年間で約78%増加しており、腰痛は職員の休職・離職、ひいては利用者へのケアの質低下にも直結する重大な経営課題となっています。
本記事では、介護職の腰痛の現状、事業者の法的義務、ノーリフティングケアの考え方、福祉用具の活用方法、セルフケア、そして実際の施設での改善事例までを網羅的に解説します。
目次
1. 介護職の腰痛の現状
介護施設の労働災害は10年で78%増加
厚生労働省によると、2023年の全産業における休業4日以上の労働災害は13万5,371件で、そのうち約1割を「介護施設等」が占めています。増加スピードも急激で、過去10年間で介護施設での労働災害は78%増加しました。さらに、介護施設での労働災害発生率(2021年度)は全産業平均の1.6倍にのぼります。
介護分野で働く人が増えていることに加え、50〜60代の労働者が多いことも、労働災害件数の増加を加速させている要因と考えられています。
腰痛は「個人の問題」ではなく「経営の問題」
「抱え上げ」や「引きずり」による介護は、介護者・利用者の双方に悪影響を及ぼします。介護者の腰痛は休職者・退職者を生み、その結果、職員不足で困るのは利用者です。
また、欠勤(アブセンティーズム)による損失だけでなく、出勤していても心身の不調でパフォーマンスが上がらない「プレゼンティーズム」による経済損失も深刻です。腰痛は、メンタル不調・首の不調・肩こりと並んで、年間約3兆円ものプレゼンティーズムによる経済損失があるとする試算も報告されています。
腰痛発生のメカニズム — 姿勢で椎間板への負担は2倍以上変わる
スウェーデンの整形外科医ナケムソン(Nachemson)の古典的研究によると、第3腰椎レベルの椎間板内圧は姿勢によって大きく変化します。
| 姿勢 | 椎間板内圧(立位=100) |
|---|---|
| 立位(直立) | 100(基準値) |
| 座位(背もたれなし) | 140 |
| 立位前屈(重量物なし) | 150〜170 |
| 立位前屈(20kg負荷) | 220 |
前かがみで重量物を持つだけで、直立時の2倍以上の負担が腰にかかることになります。介護現場の移乗介助やベッド上のケアが、いかに腰にとって過酷かがわかります。
2. 腰痛予防対策は事業者の法的義務
「職場における腰痛予防対策指針」(厚労省)の内容
厚生労働省は平成25年に「職場における腰痛予防対策指針」を改訂し、介護・看護作業における抱え上げについて次のように示しました。
指針のポイント
- 移乗介助・入浴介助・排泄介助において、全介助が必要な対象者にはリフト等を積極的に使用し、原則として人力による抱え上げは行わせないこと
- 座位保持ができる場合にはスライディングボード等の使用を検討すること
- 立位保持ができる場合にはスタンディングマシーン等の使用を検討すること
- 対象者に適した方法で移乗介助を行わせること
つまり、「人力での抱え上げをしない」ことは、単なる推奨ではなく国の指針として事業者に求められている取り組みなのです。第14次労働災害防止計画でも、中高年齢の女性を中心とした作業行動に起因する労働災害防止対策として、ノーリフトケアや介護機器等の導入推進が重点事項に挙げられています。
人力で持ち上げてよい重さの基準
ISO(国際標準化機構)では人力による持ち上げは質量3kg以上25kg以下とされ、ヨーロッパ基準(身体近く30cm以内での持ち上げ)では15〜25kgが高リスク、7〜15kgが中リスク、3kgでも低リスクとされています。
日本の腰痛予防対策指針では、満18歳以上の男性労働者が人力で取り扱う重量は体重の40%以下、女性はその60%程度が目安とされています。体重60kgの男性で24kg、女性では18.8kg程度です。成人の体重を人力だけで持ち上げる行為は、そもそも基準を大きく超えていることになります。
3. ノーリフティングケアとは
定義と基本理念 — 「福祉用具を使うこと」ではない
ノーリフティングケアとは、単にリフトなどの福祉用具を使用するケアのことではなく、医療や福祉の現場から腰痛をなくす取り組みそのものを指します。
腰痛予防は個人の努力や技術だけでは限界があります。事業者が職員を守り、職員を守ることで利用者を守る——この考え方のもとに、安全に安心して働ける職場をつくる「労働安全の取り組み」です。
ノーリフティングケアの3原則+1
- 持ち上げない
- 抱え上げない
- 引きずらない
- そして、不良姿勢を継続させない
国際的な動向 — 世界では「持ち上げない介護」が標準
| 国 | 取り組み |
|---|---|
| オーストラリア | ノーリフトケア発祥の地。1998年にビクトリア州看護連盟が「No Lifting Policy」を発表。人力のみでの移乗を禁止し、リフト等の活用を義務付け。導入後、腰痛・労災が大幅に減少し離職率低下にも寄与。 |
| イギリス | 1992年に「Manual Handling Operations Regulations」を制定し、患者の人力での持ち上げを原則禁止。1996年には英国看護協会が「患者移乗の実践規範」で、あらゆる状況での人力による持ち上げ禁止を明記。 |
| デンマーク | ほぼ全ての高齢者施設の寝室に天井走行リフトが常設。天井走行リフトは床走行リフトよりも22倍腰痛を防ぐ効果があるという研究結果も。移乗を「Time To Care(ケアのための時間)」と位置づけ、リフトをコミュニケーション機器として活用。 |
従来の介護との違い — 「コツやテクニック」に頼らない
従来の介護では「介護する側がコツを覚えて、うまく相手を動かすこと」に焦点が当てられてきました。しかし、安心・安全な介護に必要なのは、身体の間違った使い方をなくし、対象者の状態に合わせて福祉用具を有効に活用することです。
「コツやテクニック」に頼るのではなく、誰が・いつ・どこで実施しても、誰に対しても安全に実施でき、ケアの質にばらつきがない実践を、マネジメントを通じて生み出す必要があります。
ノーリフティングケア導入の効果
| 介助者側のメリット | 利用者側のメリット |
|---|---|
| ・腰痛予防 ・労災/離職の防止 ・採用率アップ → 働きやすさの向上 | ・褥瘡の予防・改善 ・拘縮の予防 ・離床の機会アップ → ケアの質の向上 |
また、実践のためには環境整備も欠かせません。5S活動(整理・整頓・清掃・清潔・躾)を通じて、リフトを置くスペースの確保や動線の見直しを行うことが、ノーリフティングケア定着の土台になります。
4. 福祉用具を活用した安全な介助
スライディングシート
重さのかかった身体の部位や全体を、面上で水平方向に大きく移動するために使用される用具です。それだけでなく、用具操作時に生じる摩擦の解消、身体の位置保持、皮膚との密着による摩擦の低減、衣類や医療関連機器の装着・挿入・微調整など、摩擦が妨げになるさまざまな場面で活用できます。ロールタイプ・2枚重ね・2つ折りなど種類によって移動可能な方向と距離が異なります。
製品例
スピラドゥ(Spilerdug)
国内販売:アビリティーズ・ケアネット株式会社(デンマーク生まれ)
- 福祉先進国デンマークで支持されているスライディングシート。滑る方向は全方位で、原則2枚重ねて使用
- 縫い目がないため破れにくく衛生的。次亜塩素酸での消毒にも対応
- ハサミで使いやすい大きさに自由にカットでき、移動・移乗から寝返り、更衣まで幅広く活用可能
- 硬さと滑りの異なる3色展開:ピンク(ソフト・更衣向き)/グリーン(ミディアム・移動移乗向き)/ブルー(ハード・体重の重い方や浴室向き)
スライディングボード
座ったまま(寝たまま)の移乗を可能にする用具です。使用には以下の条件があります。
- アームレストの跳ね上げ・着脱ができる車いすであること
- フットレストの着脱ができる車いすであること
- ベッドの高さ調整ができること
スタンディングリフト
対象者の残存機能を生かしながら、介助者も楽に介助を行える用具です。非電動・電動に大別され、対象者の体重や立位動作の状況によって使い分けます。体の支え方によって前方サポートタイプ・後方サポートタイプがあり、立位・移乗・排泄などの目的に応じて機種を選定します。
製品例
スカイリフト
メーカー:アイ・ソネックス株式会社
- 排泄ケアに適したスタンディングリフト。本体幅は肩幅ほどの約50cmで、狭いトイレ空間でも便器の横に立って介助が可能
- 胸パッド・スリング・膝パッドが体幹と足腰を支えて立位姿勢を保持。足底にしっかり体重が乗るため、毎日の移乗がリハビリにつながる
- 車いすへ深く腰かけられるため、座り直しの手間が省け、滑り座りの防止にも寄与
- 介護保険の福祉用具貸与(移動用リフト)の対象。電動タイプ「スカイリフトiR」は挟み込み防止の停止センサー付き・バッテリー駆動
介護リフト
「リフト」と聞くと「腰が引ける」「大げさ」「そこまでしなくても」という声がよく聞かれます。確かにリフトは手間もお金も時間もかかります。しかし、簡単で、素早く、お金もかからず誰でも学習でき、介助者の身体も痛めない移乗介助の方法は、現状存在しません。何を優先するかの問題です。
介護用リフトには、床走行式リフト、天井走行リフト、ベッド固定式リフト、据置式リフト、浴室リフトなどの種類があります。
製品例
SOEL(ソエル)シリーズ
メーカー:日本ケアリフトサービス株式会社(JCLS)
- 床走行リフト(MX)、天井走行リフト(CX)、浴室リフト(BX)などを揃えた介護リフトシリーズ。「そっと手を添える」が名前の由来
- 床走行リフト「SOEL MX」はベルト式の垂直昇降で揺れが少なく、女性や高齢の介助者でも本体の移動が軽く行えるのが特長
- 上位機種「SOEL MX-Air」は、ハンドル操作を感知して進行方向へ動く移動アシスト機能を搭載。カーペットなど柔らかい床材の上でも力やコツを要さず移動できる
- リフト導入と職場改善支援を組み合わせたサブスクリプションサービス(M.I.S.)も提供されており、初期費用を抑えた導入が可能
※本記事で紹介した製品情報は執筆時点のものです。最新の仕様・価格・介護保険適用については、各メーカーの公式サイトや取扱事業者にご確認ください。
その他の便利な用具
| 用具 | 用途・特徴 |
|---|---|
| スライディンググローブ | ポジショニングの圧抜きや頭部の枕位置修正など、細かな介助に活躍。水平移動や着替え介助にも。 |
| スライディングシーツ | 移動介助の頻度が高い場合や、本人がもぞもぞ動ける場合に使用(発汗や転落防止の観点から敷きっぱなしにはしない)。 |
| 回転盤 | 移乗時に足底を乗せることで、足底を離さず回転できる。立位がとれることが条件。 |
| キャスター付椅子 | 屈んで行う爪切り介助などの不良姿勢から介助者を解放。 |
車椅子・ベッドの調整も立派な腰痛対策
介護ベッドは介助しやすい高さへの調整や背上げが可能で、介助者の負担を軽減できます。対象者の状態に合わせてベッド機能を有効活用すれば、自立支援につながる介助も可能です。ベッド上で排泄介助をする際は、握りこぶしを作った手を真っすぐ下ろしたベッドの高さがちょうどよいとされています。
車いすはアームレスト/フットレストが跳ね上げられるものを選ぶと、立位移乗の際の負担やリスクを軽減でき、スライディングボードの利用も可能になります。
福祉用具選択の判断基準
福祉用具は、利用者の身体機能と24時間の活動を考慮したうえで選定します。
- 身体機能の評価:端座位がとれるか、お尻歩きができるか、立ち上がり動作ができるか など
- 24時間の活動:いつ・どこで・どのような姿勢で活動しているか、どこからどこへ移動するか など
「背もたれのある椅子に座れるか」→「背もたれなしで座れるか」→「お尻歩きで移動できるか」→「自力で立ち上がれるか」といった評価フローに沿って、リフト移乗・ボード移乗・スタンディングリフト・見守りなどを選択していきます。
5. 腰に負担をかけない身体の使い方
正しい姿勢の基本原則
自然な立位では、脊柱は自然なカーブを描いて垂直になっています。腰椎部は前方に曲がり(前彎)、胸椎部は後方に曲がり(後彎)、頚部は前彎した状態で、後ろから見て左右に傾いていない状態です。この姿勢を保った介助は、過度に脊柱を曲げたり傾けたりすることを防ぎます。
重心移動を活用する
頭の位置を変えずに前後・左右の体重移動を行うのがコツです。つま先や踵が浮かないように、下肢でしっかりと身体を支えることがポイント。ベッド上で利用者を水平移動する際も、腕の力ではなく足を動かす方向に前後に開いて重心移動で行います。
膝・股関節を使い、腰をひねらない
床の物を拾うときや低い位置の介助では、腰を曲げるのではなく膝と股関節を曲げてしゃがむのが基本です。また、身体の向きを変えるときは腰をひねるのではなく、足の向きごと身体全体で方向転換します。
支持基底面を広くとる
立っている左右の足の中に重心をもってくると、腰に加わる負荷は減少します。逆に、腰を曲げたおじぎ姿勢で持ち上げると、重心が足下より前になり腰への負担が増大します。足を前後左右に開いて支持基底面を広くとりましょう。
疲労蓄積を防ぐ小さな工夫
立ち仕事では片足を台に乗せて背筋を真っすぐ保ち、時々左右の脚を変えることで腰への負担を軽減できます。リフト操作も手の力だけで動かそうとせず、自分もリフトと一緒に動いて操作することで負担が軽減されます。
6. 腰痛予防のためのセルフケア
勤務前後のストレッチ
勤務前後のストレッチが効果的です。特に以下の2つが基本です。
- 太もも裏(ハムストリングス)のストレッチ:腰は曲げず、股関節だけを曲げて、太もも裏が伸びているのを感じる
- 腸腰筋のストレッチ:片膝立ちの姿勢で腰を反らしすぎないよう注意しながら、股関節の前側が伸びているのを感じる
また、前かがみなどの不良姿勢が続いたあとは、肩甲骨を寄せ、息を吐きながら3秒間腰を反らす「これだけ体操」もおすすめです。骨盤を前に押し込むイメージで、顎は引いて行います。
職場での姿勢改善(記録業務など)
デスクワーク時は、イスの高さを股・膝・足関節が90°になる高さに調整し、机との差尺(=座高の1/3−3cm)を確保します。ディスプレイ画面の上端が目線と同じか少し下になる高さ、画面との距離は40cm以上が目安です。ゴミ捨てなどの運搬業務も、手で持たずに台車やワゴンを使うだけで腰への負担は大きく変わります。
ぎっくり腰になってしまったら — 「安静第一」はもう古い
床から物を持ち上げたとき、体をひねったとき、くしゃみをしたときに「ギクッ」と腰が痛む——いわゆる「ぎっくり腰(腰椎捻挫)」です。体を動かすことが困難な場合には安静が必要です。
ただし、従来「安静第一」と言われてきた考え方は変わりつつあります。近年の欧米の文献では、安静臥床は回復を遅らせたり、その後の腰痛再発率を高めたりするなどの報告があり、無効ないし有害とされています。動けない状態を脱したら、普段の活動を維持するように努めることが大切です。
- 寝るときは横向きで軽く膝を曲げた「えびのような姿勢」に
- 仰向けの場合は膝の下にクッションを入れる。ソファは避け、固めの布団で寝る
- 腰痛ベルト・コルセットは、装着で痛みが和らぐ間だけ使用する(長期の装着は腰を支える筋力を低下させるため好ましくない)
「ヘルニア=腰痛」ではない
腰痛の85%は原因がはっきりと特定できない「非特異的腰痛」と言われています。近年は次のような研究結果が次々と発表され、椎間板ヘルニアが必ずしも腰痛の原因ではないことがわかってきました。
- MRI検査の結果、腰痛の有無にかかわらず中高年の76%に椎間板ヘルニアが見つかった
- 時間が経てば自然にヘルニアがなくなる場合も少なくない(マクロファージという細胞がヘルニアを貪食する)
- 腰痛症状のない健常者でも、76%にヘルニアが、85%に椎間板の変性(老化)があった
病院でヘルニア画像を見せられ、腰を動かすことが怖くなった結果、かえって腰痛が悪化してしまう人も少なくないそうです。「ヘルニア=腰痛」という思い込みは捨てたほうがよいでしょう。
以下の症状がある場合は、早急に医療機関を受診してください
- 今まで経験したことのない痛み
- 安静時でも、どんな姿勢でも痛い
- 時間が経つほどに痛みが強くなる
- 痛みが3ヶ月以上続く
7. 継続的な腰痛予防と職場改善
PDCAサイクルによる腰痛予防リスクマネジメント
「職員の状態」「対象者の状態」「作業・環境」などのリスクについて定期的にアセスメントを実施し、対策の優先順位を考えてPDCAサイクルを回すことで、「腰痛予防リスクマネジメント」を実践していくことが求められます。
インシデント・ヒヤリハット報告の活用
ハインリッヒの法則では、1件の重大事故の背後には29件の軽微な事故、その背後には300件のヒヤリハットがあるとされます。職場全体で、日常業務の中から事故につながりそうなリスク(危険の芽)を拾っていくことが重要です。
「最近Aさんの足の力が弱くなってきて移乗の際に支えるのが大変」「脱衣所の床が濡れていることが多く転倒しそうで怖い」——こうした現場の小さな声こそが、改善の起点になります。
意識改革(風土づくり)が最も重要
「介護は力仕事。身体に負担がかかっても仕方がない。そういう仕事だから……」という諦めの意識を、「身体に負担がかかる業務はやってはいけない!見直すために報告しよう!」という文化に変えていくことが、継続的な腰痛予防の核心です。
利用者・家族への理解と協力の求め方
職員が腰痛予防に取り組むことは、利用者にとってもメリットが大きいことを伝えます。介護者の腰痛は休職者・退職者を生み、職員不足で困るのは利用者自身です。また、腰痛の原因となる「抱え上げ」介助は、拘縮や褥瘡など利用者の二次障害を発生させ、重度化につながる可能性があります。家族向けのお便りなどで取り組みを発信し、理解と協力を得ていくことも有効です。
定期的な研修と技術更新
福祉用具は「まず体験してみること」が大切です。リフトやスタンディングリフト、スライディングシートなどを職員自身が体験する研修を定期的に実施し、技術を更新していきましょう。
8. 施設での導入事例 — 認知症専門特養での取り組み
ここでは、平均介護度4.3の認知症専門施設(特養・GH・ショートステイ・デイを運営)での実践事例を紹介します。
体制づくり:腰痛予防対策推進委員会の設置
まず「腰痛予防対策推進委員会」を設置し、役割を明確化しました。
- 統括マネージャー
- 職員の健康管理担当
- 教育担当(教育企画担当・技術教育担当)
- 個別アセスメントとプランニング担当
- 福祉用具購入計画・管理担当
あわせて「ノーリフト宣言」を掲示し、施設としての方針を職員・利用者・家族に共有しました。
現状把握:職員の健康調査とリスク業務の調査
職員62名の健康調査では、肩こりが約7割、腰のこり・痛みが6割以上の職員に見られました。また、身体的につらい・きついと感じる業務を調査したところ、床上排泄介助・トイレでの排泄介助に関するものが非常に多いことがわかりました。
- 床上排泄介助は、一定時間かがんだ姿勢での作業が必要で腰への負担が大きい
- トイレでの排泄介助は、下肢の支持性が低下した入所者の抱え上げによる負担が大きい。ボディメカニクスを応用しても、環境が整わなければ力任せに持ち上げる以外に方法がない場面もある
- 同じ動作の連続、同じ姿勢の長時間継続も身体的負担を引き起こす
- 危険と感じつつも行っている業務が多く、実際の事故との関連も調べる必要がある
対策:リフトの選定・スタンディングリフト導入
調査結果をもとに、利用者の状態に合わせてリフトを選定し、排泄介助にスタンディングリフトを導入。従来は介助者も入所者も不良姿勢での介助を強いられ、利用者の足が浮いてしまうような場面もありましたが、リフト導入により安全で安定した移乗が可能になりました。
成果:介助負担の軽減と利用者のQOL向上を両立
導入後の変化(一例)
- トイレでの排泄率が導入前の約1.6倍に向上し、9割以上に
- 車いすの座位姿勢が改善し、発語も増加
- 食事は全介助のままだが、摂取スピードがアップ
- スタンディングリフト+ポジショニングの併用で、2か月後に拘縮が緩和
- 4人で行っていたトイレ介助が2人で可能に
- 5分程度の端座位が可能になり、覚醒度が向上。手を伸ばして食べる仕草や頭を掻くなど、自発的な動きが増加
そして事例の結論はこうです——「何より組織マネジメントが重要」。用具の導入だけでなく、委員会体制・調査・教育・風土づくりをセットで進めたことが成果につながりました。
よくある質問(Q&A)
Q. リフトは時間がかかりますよね?
A. 移乗の瞬間だけを考えれば時間はかかります。しかし、今まで2人で抱えていたところを1人で実施できる、座り直しの時間が省けるなど、業務全体で考えると「仕事にゆとりができた」と感じる職員も多いようです。
Q. マッスルスーツはどうですか?
A. 腰痛予防に対して一定の効果はありますが、不良姿勢を続けている限り腰痛はなくなりません。利用者を「点」ではなく「面」で支えることで、筋緊張の緩和、拘縮の予防・改善を図ることができます。
Q. 介助者と利用者の身長差が大きい場合の移乗方法は?
A. 足を前後左右に大きく開いて重心を安定させ、自然な動きを誘導して利用者の残存能力を引き出す介助を行うことが基本です。それでも介助者の身体的負担が大きいと感じる場合は、用具に頼るのがプロの技だと言えます。
まとめ
- 介護施設の労働災害は10年で78%増加。腰痛は個人の問題ではなく、離職・ケアの質低下に直結する経営課題
- 厚労省の指針により、全介助が必要な利用者への人力の抱え上げは原則禁止。腰痛予防対策は事業者の責務
- ノーリフティングケアは「用具を使うこと」ではなく、職場から腰痛をなくす労働安全の取り組みそのもの
- スライディングシート・ボード・リフト等の福祉用具は、利用者の身体機能と24時間の活動を評価して選定する
- ボディメカニクスやセルフケアも大切だが、最も重要なのは組織マネジメントと風土づくり
腰痛予防の取り組みは、職員を守るだけでなく、褥瘡・拘縮の予防や離床機会の増加など、利用者のケアの質向上にも直結します。「介護は力仕事だから仕方ない」という意識を変えるところから、ぜひ自施設での取り組みを始めてみてください。
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